モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

被害は防げたのか

 あの強盗被害は防げたのか。私の行動に間違いはなかったのか。今後、海外で野宿を伴う旅を考えている人にも参考になるように、私の考えをまとめておきたい。

 被害にあった後、旅慣れた友人からは「荷物を見せるなんて警戒心が足りない」と言われた。これには一応反論があって、私は別にすすんで見せたわけではなく、ほぼ強制されている。私は二人に「まず、あなたたちの身分証を見せてほしい」と言い、二人は「ない」と言った。そもそも、もし持っていたとしても偽造の可能性があるから警察署でなければ見せるつもりなかった。しかし粘り強く拒んでいると、年上の男はだんだん激昂し、それはほとんど脅しのようなものになった。結局は私が根負けした形だが、私がなお拒み続けていたら彼らは即行動に出ただろう。

 また、人里離れた場所に夜間、二人組がやってきたことを警戒し、すぐに荷物をまとめて山を下りるべきだという考え方もあるだろう。荷物を見せてしまった後、私も考えはしたが、すぐに断念した。まず、真っ暗な中、最寄りの村まで最低5時間はかかる登山道を歩くことは無理だと思った。湖までの道のりも険しく、今日はロバが二回もダウン(疲れて動けない状態)しているので、体力がもつのか不安もあった。そもそもしっかりした登山道があるわけではないので、道をよく知らなければライトがあっても下山は容易ではない。また二人は最初から強盗目的で近づいてきたのだから、近くで待機していたはずだ。山を下りるまでに追いつかれて実力行使に出ただろう。テントを撤収し、ロバに荷物を乗せるのは意外と時間がかかるので逃げ切ることは難しい。ただ、二度目の時点で彼らが強盗である可能性を真剣に検討しなかったことは私の落ち度である。モロッコでまさか強盗にあうとは想像もせず、油断していたことは否めない。

 もし私が抵抗せず、荷物と現金を素直に渡していれば暴力は受けなかっただろう。しかし、身動きできずに盗られるならまだしも、「出せ」と言われて自ら渡すことは私には出来なかった。犯罪行為には屈したくないという思いがあったからだ。これは価値観の問題であって、人からどうこう言われたくない。

 結局、彼らが湖まで私を追ってきた地点で強盗は防げなかったのではないかと思う。彼らは私の後ろをピッタリついたきたわけではなく、かなり時差をおいて追いかけてきている。山道は見通しもよくないから追跡に気づくことは不可能だ。だから、対策としてはガイドなどを伴い複数で行動すること。それくらいしか思い浮かばない。人気のないところで野宿してはいけないともいえるが、それを言ってしまえば元も子もない。

 私が旅しているアトラス山中は観光客が訪れるような場所ではなく、アジア人は大変目立つ。ましてやロバを連れているので、誰かに見られれば、それはたちまち村中に知れ渡るだろう。私は湖にたどり着くまでに計5人のベルベル人とすれ違った。彼らの中の誰かが「アジア人がロバと山を登ってたぞ」と広めたのかもしれないし、遠くから直接見られていたのかもしれない。

 私は元来小心者なので、野宿はなるべく民家の近くですることにしている。タムダ湖は、この旅で最初で最後の人里離れた場所での野宿だった。それで強盗にあったのだから運が悪いとしかいいようがない。しかし、ポジティブに捉えることもできる。私の旅の目的は別に千キロ踏破することでも、大西洋を見ることでもない。モロッコをより深く知るための旅なのだ。だから強盗にあい、ジョンダルミ(田舎警察)の仕事ぶりを間近で見、人々の親切に触れたことはいい経験になったともいえる。愛用のカメラを盗まれたことはとても残念だが、この思いは本心でもある。

 

11/17

 オウレド・テイマで迎えた朝はスークで聞き込み調査を行ったが、前日以上の手がかりは得られず、私たちは夕刻、アトラス山中のイゲルム・アグダル(Ighrem N' Ougdal)に戻ってきた。ジョンダルミの計らいで、今夜は村のカフェテリアのソファで眠れることになった。「あなたは何も支払う必要はありません。朝ごはんを食べて、ロバを引き取りに来てください」という。私は強盗にあってから本当に多くの人にお世話になっている。