モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

自転車を買う

  • 3日目 ウジダ(Oujda

 寒さで目が覚めた。午前8時、気温は5度。昨晩、パリからウジダに飛んできた私は、空港の前に広がる荒野にテントを張り、一晩を明かした。明け方に雨が降ったらしく、フライシートが濡れていた。300メートル先にある駐車場の門番の男が、私が起きたことに気が付き、手を振っている。男は昨晩、私がヘッドライトをつけてごそごそしていることを不審に思い、様子を見に来ていた。「日本人の旅行者です。今日はもう遅いし、ここで寝ようと思っていて・・・」。英語は通じなかったが、「日本人」ということだけは伝わったようで、何も咎められることなく、私は無事に一晩を明かせたのだ。

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3分で設営できるモンベルのテント(ペグ打ちなしの場合)。一人用だが、中は広々としている

 ウジダはモロッコ最東端の都市だ。アルジェリアとの国境までは15キロ。人口50万の中核都市だが、観光地ではない。パリからウジダの飛行機でも、アジア人はおろか欧米人の姿はなく、乗客は私を除いてすべてモロッコ人だった。私がモロッコ最初の町としてこの町を選んだのは、航空代が安かったから、というのではなく、単に訪れたことがないというだけの理由だ。

 空港のインフォメーションによると、市内に行くにはバスはなく、タクシーしかないという。タクシー代は100DH(約1200円)。さて困ったなと思うやいなや、そばにいた男が声をかけてくれた。町の入り口まで車で送ってくれるという。ジリと名乗ったその男は、空港の管理者だった。パリではロストバゲッジに遭い出鼻をくじかれたが、ツキに見放されたわけではないようだ。

 モロッコでは、大きな町にきたら、とりあえずメディナを目指せばいい。メディナとは城壁に囲まれた旧市街のことで、安宿や安食堂、市場などが集まっている。町の入り口で降ろしてもらい、40分歩いてメディナにたどり着いた。宿を探しながら城壁の外を歩くと「Hotel majestic」と書かれた看板が目に入った。受け付けは若い女性だった。互いに言葉が通じないので、彼女のスマートフォンでやり取りする。一番安いダブルの部屋は1泊80DH(約950円)。部屋を見せてもらい、シャワーから熱湯が出ることを確認して荷物を下ろした。

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スークには日用品や食料、衣料など何でもそろっている

 ウジダではやるべきことが一つあった。自転車を買うのだ。私は今回も、自転車でモロッコを旅することに決めていた。期間は3か月だから、少々ガタついていても、安いものを買いたい。まずスーク(市場)に向かった。暇そうにしている若者2人に「この辺に中古自転車屋はあるかな」と尋ねた。だが思い当たらないという。すると、どこからか気のよさそうなオヤジが近寄ってきて、自転車屋まで案内してくれることになった。着いたところは自転車屋というより、自転車修理場といった趣だったが、外に自転車が何台か展示されていた。しかし、どれも真新しく見える。値段は一番安いもので2600DH(約31000円)だった。

 「予算は300DH(約3600円)なんだけど」

 「その値段はどこに行っても無理だ。毎週土曜日に開かれる大きな市に行けばあるかもしれないが」

 今日は火曜日。それまで待てない。ほかに店はないかと聞くと、今度はその自転車屋のオヤジ、ムスタファが案内してくれることになった。次の店の最安値は1100DH。悪くはないが、できれば1万円以内に抑えたい。その店の斜め向かいに、自転車のタイヤを路上に広げて売っている青年がいた。その横に、自転車が何台か並んでいる。はじめは誰かが駐輪した自転車だと思ったが、そのうち1台は商品らしく、450DHとのこと。青いフレームのマウンテンバイク、ブレーキはシマノ製。チェーンが少しさび付いているのが気になったが、タイヤの溝はきちんと残っていて、3か月走るには十分そうだった。400DH(約4800円)に下げてもらって取引は成立した。

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購入した中古自転車とムスタファ

 ムスタファの勧めで、自転車を彼の修理場まで運び、チェーンに油をさし、ブレーキを調整してもらった。代金はいらないという。空港に続き、またしても親切なモロッコ人と巡り合えた。外国人にとって、モロッコでは「間に入る人」が常に重要な意味を持つ。間に入る人がいるかどうかで、私の意思が明確に第三者に伝わり、適正な値段でものを売買できる。モロッコでなにか商売をするにしても、間に入る人がいなければ、物事は前に進まない。それはノマドのホームステイも同じことだ。ノマドと私の間に誰かが入ってくれなければ、私には彼らの輪の中に入る機会すら与えられないだろう。

 自転車を手に入れたことで、気が楽になった。自転車とテントと寝袋があれば、どこにでも行くことができ、好きな場所で寝ることができる。手に入るかどうか心配していたアルミマット(テントの下に敷く)も郊外のアウトドアショップで買うことができた。

 この日のウジダは一日中雨だった。天気予報を見ると、明後日までぐずついた天気が続きそうだ。しかし、ウジダでこれ以上することもないので、明日から西へ、まずはTazaという町を目指そうと思う。