モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

モロッコ警察

  •  11日目 Zeida近郊→Rish

 朝、テントを片付けているとき、受付の男から声をかけられた。男は、サムスン製の携帯電話を私に差し出した。

 「昨日、モロッコの電話番号を持っていないと言っていただろう。今後、警察と連絡を取るためにも持っていくといい」

 「警察から電話があるんですか?」

 「君がどこにいるのか確認するために、電話があるはずだ」

 そう言って、男は私に充電器と、取り扱い説明書を渡した。本来は55DH(約660円)かかるはずのキャンプ場の使用料をタダにしてくれた上に、携帯電話までサービスしてくれるという。どうしてそこまで親切にしてくれるのだろう。私は言った。

 「私の国では、旅行者の安否確認のために、携帯電話を渡したりしない」

 すると男は、

 「モロッコを安全に楽しく旅してくれたら、この国にもう1度来たいと思ってくれるだろう。だから、私たちは旅行者を助けたい」

 と答えた。

 「この携帯電話は返す必要がありますか?」

 「君がずっと持っていればいい。何か困り事があったら使ってくれ」

 私はモロッコの人々の思いやりに、心底頭が下がる思いがした。それと同時に、正直に言えば、気持ち悪さも感じた。どうして、一介の旅行者の居場所をこうも知りたがるのだろう。めったに観光客がこない場所を自転車で旅している私を気遣ってのことなのか、あるいは何らかの憶測によって要注意人物としてマークされているためだろうか。のちに知ることになるが、目的地であるトドラ渓谷に到着した翌日、警察が宿に来て、私がいるかわざわざ確認しに来ていた。ウジダの空港で提出した入国カードに、宿の住所と電話番号を書いていたからだ。彼らの真意は何なのか。結局のところ分からなかった。

f:id:taro_maru:20180106111519j:plain

f:id:taro_maru:20180106111222j:plain

雪をかぶったアトラスの山々

 キャンプ場の外は、相変わらず荒涼とした風景が続いていた。確かにサハラ砂漠に近づいてきているが、ここはまだアトラス山中である。右手には雪をかぶった山々が見える。それにしても、交通量が多い。大型トラック、バス、自家用車、日本の国道並みの交通量である。後ろから頻繁にクラクションを鳴らされる。注意喚起の意味あれば、応援として鳴らしてくれる人もいる。どちらにせよ、突然鳴らされるのでびっくりする。自転車旅は、車さえなければ楽しいが、こうも交通量が多いとやめたくなってくる。途中のパーキングエリアでは、今回の旅で初めて外国人旅行者を見た。

 下り道と追い風のおかげで、1時間で20㌔漕ぎ、ミデルト(Midelt)に着いた。これ以上この道は走れないと思い、バスでRishという町に行くことにした。Rishからはイミルシル(Imilchil)に乗り合いバンが頻繁に出ており、イミルシルから南に80キロ下ればトドラ渓谷にたどり着く。

 Rishは、砂ぼこりが舞う町だった。観光客はめったに立ち寄らない小さな町で、やはり歩いているだけでいろいろな人から声をかけられる。そして、アタイ(中国茶にミントと砂糖を入れたもの)を飲ませてくれるのだ。言葉が通じなくても、アタイを一緒に飲んでいると、何となく気が通じあったような気分になってくる。その日は久しぶりに暖かい毛布にくるまって寝ることができた。携帯電話に着信があったが、PINコードが分からない上に、取り扱い説明書がフランス語のため読む気にもなれず、そのまま放置して眠った。