モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

自転車を売る⑪初めてのモロッコ

 マラケシュに戻ってきた私には、やるべきことが一つあった。自転車の処分だ。私は既にポーランド行きの格安航空券を買っていた。本当は自転車を持ち込めればいいが、1万円以上かかるので、それなら現地で買い直したほうがいい(実際、このあとセルビアで中古自転車を買うことになる)。ポルトガルで40ユーロで買った中古自転車は、タイヤはすれ切ってつるつるになっていた。これまで何度もパンクしたし、チューブも1度は破れて交換している。必要としている誰かに無料で譲ってもいいが、モロッコ流の交渉を楽しみたいという気持ちもあった。半額くらいで売れれば万々歳だと目標を決めた。

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ロッコを3カ月旅した自転車=イミルシル湖

 まずは私が宿泊しているホテルの前、ジャマ・エル・フナ広場に繋がる通りに腰を下ろした。観光客向けの飲食店や土産物屋が並び、人通りが絶えないエリアだ。物乞いも多い。とりあえず段ボールに「中古自転車 60ユーロ」と大きく書いて自転車に添えた。購入した価格より高めの値段設定だが、値札文化がないモロッコではそれでいいのだ。人々は私のことをちらりと見てはいくのだが、意外に足を止める人は少ない。たまに話しかけられても、60ユーロという数字を見ては苦笑する。「10ユーロでどうだ?」と持ちかけてきた人もいたが、私は断固として断った。そのやり取りを見ていた青年は「その額じゃ売れないよ」と忠告する。「ここじゃ20ユーロがせいぜいだな」。物乞いたちも私のことが気になるみたいで、行く末を見守っている。彼らにまじり、お遊びのような金儲けをしていることにいたたまれなくなって、私は場所を移すことにした。

 私はスークに入った。スークとは、簡単に言えば市場のことだ。マラケシュのスークは世界最大ともいわれ、土産物屋や絨毯屋、日用品店などが軒を連ねた細い道が迷路のように広がり、生活路にもなっているので、地元民と観光客でいつも混雑している。ここでは、自転車を押しながら歩くだけで、頻繁に話しかけられた。そして、私が自転車を売りたいことを知ると、誰もが興味を示した。しかし、「いい自転車だ」と言うくせに、10ユーロ以上は出し渋る。私はそのたびに「売れなかったらここに戻ってくるよ」と言って歩き続けた。

 一軒の土産物屋で足を止めた。別に何か欲しいわけではなく、なんとなく店に入ると、青年の店員と目があった。その瞬間、「あの自転車はあんたのか?」ときた。自転車が欲しいらしい。「譲ってくれ!」とぐいぐいきた。だが、彼が提示した額はやはり10ユーロ。「だめだ。この自転車はポルトガルで100ユーロで買ったんだ。それはあまりに安すぎる」。ブレーキのパーツはシマノ製だったので、私は言った。「しかも部品は日本製だ」。日本製、という言葉にモロッコ人は弱い。しかし、青年も負けてない。ところどころに穴があいた服を指さし、「見てくれよ。俺は貧乏なんだ。服を買う金もない」と盛んにアピールしてくる。店の商品を次々と探し出してきて、「安くするからどうだい」と持ちかけてくる。

 私はふと、小さな木箱が欲しくなった。モロッコで盛んに栽培されるオレンジの木を使った木箱に、前々から興味を引かれていたのだ。それを伝えると、青年は「待ってました」と言わんばかりに、私の手を引いて木箱コーナーに連れていってくれた。だが、素人目に見ても、この店の木箱はどれも状態が悪かった。傷がついていたり、開閉がスムーズにできなかったり、白いボンドの跡が残っていたりする。「欲しい木箱はここにはないな」。私が言うと、青年は一目散に店を飛び出し、ほかの店から別の木箱を両手で抱えて戻ってきた。その一途さに、私は心を打たれた。しかし、それらの中にも、ピンとくるものはなかった。妥協して気に入らない木箱を買っても、持ち腐れになるだけだ。「申し訳ないが・・・」と言うやいなや、青年は私の手をとり、別の木箱屋に連れていく。別の店の木箱が売れたところで、店の利益にはならないのに、何故ここまでするんだろう。親切心を売りにして、自転車を安く譲ってもらおうという腹だろうか。だが、どうしても欲しいと思える木箱はいっこうに見つからない。また一軒、二軒と尋ね歩くうちに、店からかなり離れてしまった。いま、青年の店は誰か店番してるのだろうか。そっちの方が心配になってきた。「木箱はもういいよ。君の店でラクダの置物を買う」。二人でとぼとぼ歩いているうちに、私はふと気になって、「どうしてそんなに自転車が欲しいんだ?」と聞いてみた。青年は「通勤に必要なんだ」と言った。青年が住んでいるのはマラケシュではなく、15キロほど離れたウリカという町らしい。私も通ってきたから知っている。青年は店番のために毎朝早く起きて、乗合タクシーマラケシュまで出勤しなければならないが、その交通費は店は出してくれないという。「バスで通勤すればいいじゃないか。安いんだから」。私が言うと、青年は「朝早くてバスはまだ出てないんだ。自転車があればお金がかからない」と言う。ウリカからマラケシュまではゆるやかな坂が続いているから、早朝、あの道を走ればさぞ気持ちいいだろう。私は次第に、この男なら無料で自転車を渡してもいいかなと思い始めた。どうせ40ユーロで買ったのだ。3カ月以上も旅ができて、十分に楽しんだのだから。

 店に戻ると、アラブ人とみえる男が店番していた。この店の主人だった。この主人も、青年が自転車を買うことを全面的に賛成した。私は「無料で譲ってもいい」という考えをいったん封印し、再び交渉を始めた。今度は店の主人が相手だ。私は、現金200DH(約2200円)に加え、ラクダとコブラの木彫りの置物を一つずつと、小さなタジン鍋を2つ、茶碗一つを要求した。合わせて150DHくらいの価値だろう。だが、店の主人は「ラクダの置物は高額だからダメだ」と言う。「なら商談は決裂だ」。私が店を出ようとすると、主人は「待ってくれ。オーケーだ」と慌てて止めに入る。私は楽しくなってきた。しかし、主人は土壇場になって、「ラクダの置物を持っていくのなら、現金は100DHしか払わない」という。ラクダの置物はどうしても欲しいものではない。だったら200DHの現金を受け取って、ユーロに替えたほうがいいかな。そんな考えも頭をかすめたが、私は断固として「200DH+らくだの置物+α」を要求した。主人は機嫌を悪くしたようで、「それじゃだめだ。話は終わりだ。帰ってくれ」と追い払ってきた。そこにいささか芝居めいたものを感じたが、そう言われれば、私は引き下がるほかない。青年は青ざめた表情でやり取りを見守っていた。

 店を出た。30秒歩いた。すると、誰かが後ろからポンと私の肩をたたいた。先ほどの店の主人だった。「オーケー。200DHだ」。どうやら勝負に勝ったようだった。店に戻り、現金とらくだの置物などを手に入れた。200DHは店の金ではなく、主人のポケットマネーだった。私は主人に聞いた。「どうして、あなたがそこまでするの?」。主人は答えた。「あいつは毎朝早く起きて店を守ってくれている。その苦労に報いてやらないとね」。

 モロッコには、値札文化がなく、ものに定価というものがない。だから値段交渉が必ずついてまわる。日本人はそれに慣れてないから、値段交渉がきらいという人も多い。だが、たとえぼったくられたとしても、その人が「その値段なら買ってもいい」と思った値段で買うことができれば、それでいいと思う。だから、自分なりの基準を持つことが大切なのだ。一方で、こんなことも思う。私はモロッコで絨毯を4枚買った。どれも1万円以上の高価なものばかりだ。どれも自分が納得する値段で買えたから満足はしているものの、最終額を相手がすんなり受け入れたときには、「もっと安くなったのか・・・」と少し後悔したものだった。だから、私は今回の自転車の交渉の経験を踏まえて、これからモロッコを旅行する人には次のようなアドバイスを送りたい。

 「本当の交渉は、決裂した後に始まるのだ」と。互いに譲らず、別れたあとに、相手が追いかけてくる。そこから、本当の値段交渉が始まる。そんな気がする。

 身軽になった私は、自転車が売れた2日後に、マドリッド行きの飛行機に乗り込んだ。<終わり>