モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

初めてのモロッコ⑦アトラスの化石売り

 モロッコを南北に分断するアトラス山脈。北側のマラケシュやフェズといった大都市を「城壁と迷宮の世界」とすれば、南側の地域は「砂漠とオアシスの世界」だ。モロッコ人はよく「アトラスを越える」という言葉を使うが、それはつまり、北と南を分ける大きな壁を越えていくという意味だ。

f:id:taro_maru:20171208142354j:plain

アトラス山中に点在するベルベル人の村。家はその土地の土が使われているため、同じ色をしている

 マラケシュを出発した私は、アトラス山中にあるベルベル人の村「Telouet」を目指した。ここには素晴らしいカスバ(城砦)があると聞いていたからだ。東に30キロも進むと山道になり、谷間には川が流れ、ベルベル人の村の特徴である日干しレンガの家並みが山肌に張り付くように現れる。最高点はティシュカ峠の標高2260メートル。カフェや土産物屋などが入ったパーキングエリアとなっているが、その時間、旅行者は私だけのようで閑散としていた。

 建物を挟んだ向かい側には、化石売りと思しき露店がいくつかあった。乾燥したこの一帯ではアンモナイト三葉虫などの化石がよく採れるのだ。オヤジたちは暇そうに仲間としゃべっている。値段はどれくらいなんだろう。気になって近寄ってみた。すると、おやじたちは待ってましたといわんばかりに、ニコニコして寄ってきた。5センチほどのアンモナイトの化石が一つ300DH(約3300円)。きれいに磨かれているが、どうしても欲しいというものではない。モロッコではあらゆる物に定価はなく、値段交渉がつきものだ。私に買う気がないことを悟ったオヤジは、次々と値下げしていく。250、200、180・・・。30DH(約330円)なら買ってもいいかなと思った。だが、オヤジの値下げは150DHで止まる。「それじゃ買わないよ」と言うと、さっきまでニコニコしてたオヤジたちは「お前は本当に日本人か?」と怪訝な顔を浮かべた。日本人はほとんど言い値で買っていくのだろう。「確かに私は日本人だが、ビンボーだ」。そう言ってペダルに足をかけると、投げやりな感じで「80」と声をかけられた。だが、その目からは、私を逃がしてたまるかという鬼気迫るものが感じられた。

 まずいと感じた私は、無視してペダルを回そうとした。するとオヤジは無言で私の前に立ちはだかり、化石を差し出してくる。「30だな?」。念を押すも、オヤジは無言。財布にはちょうど30DHがなかったので、50DH札を差しだした。おやじは怪訝な顔のまま受け取った。しかし、釣りをよこさない。「それなら、いらない」と化石を突き返しても、受け取ろうとしない。モロッコ人の商魂たくましさは、これまでも何度か見てきたが、ここまで頑固なのは初めてだった。こちらも笑顔を捨て、釣りをよこせと何度か催促した後に、やっと20DH札が返ってきた。

f:id:taro_maru:20171208144805j:plain

30DHで買ったアンモナイトの化石

 だが、化石売りの悪夢は終わらなかった。坂を下り始めて1キロ先に、再びオヤジが現れたのだ。Telouetへ行くには、今いる幹線道路から脇道に入らなければならない。その分岐点で待ち構えていたのだ。最初に見せてきたのは、大きな蛍石だった。外面は何の変哲もない石なのだが、中をパカっと開けると、黄色い結晶のようなものが詰まっている。それがアトラス一帯の名物であることは後で知ったが、そのときはまだ知らない。しかし、オヤジが持っているものは、明らかに偽物だった。素人の私でも、それがペンキか何かで着色されたものであることはすぐに分かった。しかも値段は800DH(約8800円)という。まったく、なんてせこいオヤジだ・・・。バスも止まらないこんな場所で待ち構えているのは、先ほどの、がめついが本物を売っているオヤジたちの中に加わるのに引け目を感じるからだろうか。私に買う気がないことを察すると、オヤジは、「まあそうだろう」といった表情で、次の石を取り出した。最初より何回りか小ぶりで、今度の中身はピンク色だった。これも明らかに偽物だ。値段は300DH(約3300円)。これまた次々と値下げしていく。280、250、・・・100。「欲しくない」と言って先を行こうとすると、このオヤジも強引に前に立ちふさがった。そして、「ハンドレッドハンドレッド!」と言いながら、強引に私のかばんに入れ始める。

 この道路は、マラケシュカサブランカといった大都市と、砂漠を結ぶ大動脈だから、観光客を乗せた大型バスが一日に何十台も通る。そして、バスは必ずこの辺りで休憩するため、商人もこれだけ図太い神経ができあがったのだろう。しかし、いま私が対面しているオヤジには、アラブ商人に備わっているべきはずの余裕が一切感じられず、必死さしか伝わってこなかった。「しつこい!」。私が声を上げても、少しもひるむ様子もなく、「ヒフティー!」と返ってきた。私は無視して、砂利道を下り始めた。背後から「サーティー」と聞こえたような気がしたが、私はもう振り返らなかった。<続く>