モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

トラディショナル・ハウス

12/6  タフロウト  

 この日はロバの鞍を修理するため町に出かけた。町中をロバと歩くと注目を浴びるため気が進まないが、鞍は8kgくらいある。ロバに乗せて行った。ロバはこの二日間、木に繋ぎぱなしだったので、久しぶりの散歩に少しはしゃいでるように見えた。

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(スークで鞍を直してもらう)

 修理を終え、私たちはいつもと違う道を歩いてキャンプ場に帰ることにした。その道中に「トラディショナル・ハウス」という看板があった。今日は別に何も予定はない。私たちは看板が示す方向に歩を進めた。

 別荘のような瀟洒なピンク色の建物が並ぶアスファルトの道の先に、土色の家々が建つ集落が現れた。オートアトラスでよく見た、泥と藁を固めて作った家だった。だが、ほとんどは崩れており、今は誰も住んでないようだった。トラディショナル・ハウスはその中にあった。

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(トラディショナル・ハウスの外観)

 どうやら古い家屋を観光客向けに公開しているらしい。案内してくれたのは、この家で生まれ育ったマッフートさんという40歳の男性だった。この家の造りは興味深いものだった。例えば、台所には穴が開いており、地下の家畜小屋と繋がっている。冬、家畜を寒さから守るためだそうだ。台所の向かいには浴室がある。浴室といっても浴槽もシャワーもない、ただの空間だ。井戸で汲んだ水をやかんで温め、ここで洗う(こういう家はベルベルの山村にはまだまだ多い)。台所の向かいにあるわけは、すぐにやかんを持ってこれるからだけではない。浴室の天井を支える木材の中には昆虫がいて、木を食ってしまう。しかし、台所の煙が浴室に流れてくることによって、虫を殺してくれるという。実に機能的に作られた家なのだ。

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(浴室)

 テラスに上がると、私のキャンプ場があるナツメヤシの林や新興住宅地が一望できた。瀟洒な家々が建っている辺りは昔、畑だったそうだ。「昔はみんな畑に出て働いた。でも今はカサブランカやアガディールで働きに出て、夏の休暇で帰ってくるだけだ」

「ロバもたくさんいたんだよ。今はロバはおろか人さえいない。こうした変化はぼくは好きではないね」

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(テラスからの展望)

 マッフートさんによると、この集落にはかつて27家族が住んでいたが、いまは2家族だけ。トラディショナル・ハウスは築500年。マッフートさん一家も20年前にこの家を離れ、近くにコンクリートの家を建てて暮らしているが、自費で毎年補強して家を守っている。

「僕はこの家が好きなんだ。ベルベルの歴史を守りたいんだよ」

 テラスには一つ部屋があった。なんだろうと思ってドアを開けると、そこにはダブルベッドと赤い絨毯が敷かれていた。

「ここはなんの部屋?」

「ゲストを迎えるための部屋さ。昔は祖父母が使っていた」

 ゲスト、つまり観光客が泊まれるように改装したらしい。

「一泊いくら?」

「300ディラハム(約3600円)」

 それを聞いて、な~んだ、と私は思った。歴史を守りたいとか格好いいこと言ってたけど、高い金をとって商売しようとしてるんじゃないか。だが、普通なら廃屋と化してしまうところを商売にしてしまうところが、彼らのしたたかなところなのかもしれなかった。