モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

「羊が死んだ」

 朝、テントから出ると、アハマドが体育座りでじっとしているのが見えた。私が近づくと、アハマドは傍らを指をさして言った。「インモート、ウッリィ(羊が死んだ)」。見ると、二匹の子羊が横たわっていた。昨晩の冷え込みに耐えられず、死んだのだ。二匹とも昨日の朝生まれたばかりで、まだへその緒がついていた。

 1月は厳しい寒さが続いた。雪が5回降り、そのたびに羊が死んだ。アハマド家で死んだ羊は約40匹。寒さに加えて、昨年はまとまった雨がほとんどなく、山に草が育っていないため羊の体力が落ちていることも大きいという。3月9日現在、残った子羊はわずか2匹。昨年ほぼ同じ時期に私はここを訪れているが、そのときは10匹以上いたことを考えると、この冬の厳しさがよく分かる。そのため1、2月は羊を売ることができなかった。

 この地域では、そういった話は珍しくなかった。特に被害がひどかったのはトドラ渓谷から15キロ北にあるタムタトゥーシュというエリアだ。山岳部では一晩で1メートル近くの雪が積もり、200匹の羊と山羊が全滅したところもあるという。タムタトゥーシュで宿を経営する28歳の友人アブドゥールは「一晩で30センチ積もることはあったが、こんな大雪は初めて」と話していた。

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厳しい冷え込みを超えた羊たち。昨晩は岩穴の中で寝た

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鼻水をたらしている羊。数日後、この羊は死んだ

 彼らも雪に無策なのではない。アハマド家では風が強かったり雪が降りそうな夜は羊を岩穴の中で寝かしている。しかし、岩穴もそれほど広くないので、60匹の羊はすべて入りきれず、半分は外にはみ出してしまう。そうした羊が風邪などの病気にかかりやすい。病気になった羊は別の岩穴(病室)に送られ、日中は放牧には出さずエサを十分に与えられるが、冷え込む晩、死人が出やすいのもこの岩穴だ。

 羊や山羊の死体は、近くのワジ(普段は水はないが、大雨が降ると水の通り道になる)に捨てられる。毛皮も肉も利用されることはない。彼らにとって肉はめったに食べられないごちそうだが、死獣を食べることはコーランで禁止されているのだ。死体は犬のエサとなる。私はそれを知らず、夜、小便のために裏山に登ると、2匹の犬が毛がついたままの死肉をむさぼっているのを見て、絶句したことがある。