モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

ロバを買う

10/15  

  フェズに到着した私は、すぐにバスに乗ってミデルトに向かった。ミデルトは標高1500メートルの高原にある人口約4万人の町である。この町で私はロバを手に入れ、旅をスタートさせる。タイミング良く翌日は週1回のスーク(青空市場)が開かれ、家畜の売買もあると聞き、行ってみることにした。
    しかし、家畜コーナーにいるのはヤギとヒツジばかりで、売りに出されているロバは一頭も見当たらない。そもそもロバ自体ほとんど来ていないようだ。スークの規模は私がこれまで見てきた中でも最も大きかったが、広い会場をくまなく回ってもロバは十数頭しか見つけられなかった。話を聞くと、ミデルト周辺の運搬手段は、ここ数年でモトと呼ばれる荷台付きバイクがロバに取って代わったらしい。理由はいくつかあり、第一に周辺の農村の道路が舗装されたこと。また、モロッコでは畑の耕作をロバに頼るところがまだまだ多いが、ミデルト周辺は畑作よりリンゴ栽培が中心になってきたので、リンゴ栽培に必要のないロバの存在感は年々薄まっているというのだ。
    それでも、ミデルト周辺にはまだロバを育てることを仕事にしている男が三人はいるらしく、私はそのうちの一軒に向かった。ミデルトの中心部から五キロほど離れた農村だった。男の名はハセインという。ハセインの本業は薪割り師だが、薪の運搬にロバを使うため何頭も育てているらしい。実際に会ってみると根っからの商人ではなく、朴訥な雰囲気で、顔からは誠実さがにじみ出ているように感じられた。

f:id:taro_maru:20181015232334j:plain

ハセインから買ったロバ。食いしん坊で、道端に林檎のカスが落ちていると必ず拾いに行こうとする

    ガイドも連れずひとりで訪ねてきた東洋人を見てハセイン一家はとても驚いた様子だったが、すぐにお茶を出して歓迎してくれた。時間も遅かったため私は早速目的を告げてロバを見せてもらった。平屋の裏庭にはロバが5頭いて、ほかに牛や鶏、ウサギなどもいる。事前の聞き込みでは「ハセインはたくさんロバを持っている」と聞いていたが、 実際には5頭だけだった。ハセインはそのうちの黒い毛のオスを私に勧めた。
「何歳か」
「4歳だ」
    ロバの寿命は20年ほどだから、働き盛りの年齢だ。しかし体毛にはわずかに白髪が混じっているから、本当はもっと年をとっているかもしれない。
「よく働くか」
「週5日、薪をのせて1日40キロも歩く。力も強い」
    私は高校生と小学生くらいのハセインの子ども二人をうながし、背中に乗ってもらった。ロバは顔色を一つも変えず、二人を乗せるとすぐに歩き始めた。
「よく食べるか」
「朝晩に麦を一キロずつ与えている」
「私は歩いて大西洋まで行くつもりだ。このロバはそれに耐えられると思うか」
「可能だ」
「足に傷を負っているようだが、なぜか」
「遠くに行かないようロープでくくりつけていたのに激しく動いたからだ」
    大人しそうに見えるが、気性が激しいところもあるのかもしれない。
「いくらなら売るか」
    ハセインは旧通貨のリアルを使って私に値段を提示した。田舎のベルベル人は今でも旧通貨の単位を使う人が多い。その値段は現通貨のディラハムに換算すると1200ディラハムだった。日本円でおよそ14200円である。相場どおりの値段だ。予算内でもあった。ついいつもの値切り癖を発動させると、簡単に1000ディラハムまで下がった。
    翌朝、ミデルトのホテルからハセインの家に向かい、このロバと一緒に道路の上を歩いてみた。最初は言うことをきかないだろうが、一週間通ってなんとかなりそうなら買ってみようという目論見である。だがロバは思ったより従順だった。私が前に立って歩くと嫌がるが、横に立つとすんなり歩いてくれる。ためしに乗ってみると、ぐいぐいと歩を進める。手綱を引くと停止し、首の右側を棒で叩くと身体を左に寄せる。少なくとも私が棒を持っている限り、歩くことは問題なさそうだ。ハセインの家はミデルトからイミルシルに抜ける途中にある。明日の朝に改めて引き取りにうかがい、そのまま大西洋目指して出発するつもりだ。

 

10/16 早朝  追記

  ガスボンベやロバの餌(麦)、野菜、スパイス、水、その他諸々を買い込み、出発の準備が整った。これら30キロ近い荷物をロバに乗せ、毎日タジンを作りながら山道を歩くというのが私の計画である。

   しかし、出発する前にいくつか心配事ができた。一番心配なのは、ロバが逃げ出すことだ。オスのロバは夜中逃げ出そうとする傾向が強いらしい。もちろん足をロープでくくり、しっかりと杭打ちするが、もし逃げ出したら‥と考えると恐ろしくなる。

    また、強風も心配のタネだ。ミデルトに着いて以来、私はホテルのテラスにテントを張って寝ているが、毎日すごい強風に煽られるためあまり眠ることができずにいる。風が異常に強いのは季節の変わり目だからなのか、遮るものがない高原だからなのか分からないが、まるで襟裳岬にテントを張っているかのようだ。私だけなら全然問題ない。でもロバが風邪をひいたり、いやになって逃げ出さないかと心配になる。

    ほかにも、コンパスを持ってくるのを忘れていたことに気づき、地味に痛い(ミデルトでは壊れている中国製しか見つからなかった)。

    あと数時間もすればイミルシルに向けてミデルトを発つ。ミデルトからイミルシルに至る道は「Cirque de Jaffar(ジャファルの圏谷)」といい、円形劇場のようにぐるぐる回る断崖絶壁の道は、酷道を好むヨーロッパのバイク乗りたちから「世界で最も危険な道」とも呼ばれているらしい。傾斜も半端ないらしく、いきなり最も困難なルートになるかもしれないが、逆にここさえ乗り越えれば今後どんな道でも踏破することができるだろう。