モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

物を大切にする

 ノマドは物を大切にする。最たるものは水の扱い方だろう。たとえば、観光客が10人登ってきて、お茶を飲んでいったとき。彼らが帰ると、アハマドは10個のグラスを並べ、一つのグラスに2センチほどの水を入れてゆすぐ。その水はそのまま、次のグラスへ移す。最後のグラスまで同じ水を使って洗うのだ。

 また、彼らは食事の前は必ず手を洗うが、使う水はほんのわずかだ。温めたヤカンから水をほんの少したらし、手のひらと手の甲を洗い、またほんの少しの水をたらす。洗いが落とせるはずもなく、彼らの手はいつも垢(あか)にまみれている。彼らは歯磨きをする習慣はないが、それも水を使うのがもったいないというのが理由の一つだ。

 だから不潔だ、と言いたいわけではない。実際、ここで暮らしていると水の扱いに関してはかなり敏感になる。私自身、水は自分で汲みに行っているが、手を洗うとき、野菜を洗うときはわずかな水しか使わない。大便するときはこちらの方法に従って、手で処理するようになったが、やはり水は100ミリリットルも使っていないと思う。もったいないからだ。その点で、私も彼らも水に関して価値観が一致するので、互いに不潔だとは考えない。みんな同じだからだ。結局のところ、清潔・不潔とは真理ではなく観念的なものなのだ。

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観光客が使ったグラスを洗うアハマド

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縫い直されるジュラバ

 水はズンノがトドラ渓谷まで片道2時間(上りは3時間)かけて汲みに行く。冬は2日に1回のペースだ。水は24時間湧き出ていて、砂漠の井戸と違い、枯れる心配はない。ロバ4頭を連れていけば一度に運べる水の量は120リトッル。そのうち80リットルは羊に与えるとしても、2日で40リットル使える計算になる。家族7人(うち2人は乳幼児)だと十分な量にも思えるが、水を節約するという習慣はかれらの精神に根付いているのだろう。その理由として、風が強い日はロバが山を下れないことが挙げられる。この辺りは風速20メートル近くになる日も珍しくなく、そんな日が数日続くと水がなくなってしまう。水は飲み水だけではなく、料理やお茶にも使われるから必要不可欠なものだ。子どもがペットボトルを転倒させるなどして、思いがけず水を失ってしまう可能性もある(私は一度だけ見たことがあるが、そのときはズンノの雷が落ちた)。そうした理由から、彼らは極端に水を節約するようになったのではないだろうか。

 食べ物も無駄にしない。たとえば、私が缶詰のオイルサーディンを食べていたときのことだ。アハマドは、食べ終わった後缶詰の底にわずかに残っていたオイルを、ペットボトルに加えたのである。またある日には、私がトマトを地面に落として踏んづけてしまったことがあった。仕方がないので羊に食べさせようとすると、アハマドに「コータロー イッハ(良くない)」とたしなめられた。アハマドはそれをアビシャに渡し、アビシャはやはりわずかな水で洗って、つぶれたトマトを平らげてしまったのだ。

 私たちからすれば「生ゴミ」と考えるものも、羊にとってはごちそうだ。お茶を飲み終えた後の茶葉、タジンを作るときに出る野菜のカス、ミカンの皮なども容器に取っておき、朝に与えている。羊も草よりはそっちの方が好物らしい。私も自分用に料理をつくったり、みかんを食べたりするときは必ず皮や種を取っておくようになった。

 ヤカンや鍋、日用品も何十年と使われており、真っ黒だ。靴やジュラバ(ベルベル人の民族衣装)も破れた箇所を縫い合わせて使い続けている。イハルフの靴は靴底がたびたび外れてしまうのだが、そのたびに針金で処置している。この岩山を毎日歩いていたら、どれだけ耐久性のある靴でも半年歩けばボロボロになるだろう。現に私の靴も2カ月で穴があいてしまった。それでも彼らは履き続けるのである(そして私も)。しかし、スーク(市場)に出かけるときはさすがにみっともないと感じるらしく、きれいな革靴を履くようにしているようだ。

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アハマドの靴

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放牧帰りにダゴタを拾い集めるアビシャ

 では、逆に彼らが遠慮なく使っているものはなんだろうか。そう考え、すぐに思い浮かんだのが燃料だった。アズキニと呼ばれる、草がついていれば羊の好物だが、枯れていれば燃料として使われる草だ。あるいは、ダゴタというトゲばかりのラクダ草。よく乾燥したこの地域では、どちらもライターの火をあてると簡単に火がつく。料理を作るとき、あるいは冷える日には暖房としてもよく燃やしていた。なにしろタダで手に入るし、どこにでも生えているものだから節約する必要もない。燃料集めは子どもたちの仕事で、朝、あるいは放牧の帰りに拾い、岩穴まで持って帰る。