モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

アハマドの放牧

 73歳のアハマドの遊牧は、とてものんびりとしたものだ。歩く時間よりも、横になっている時間の方が長い。1日の移動距離は5キロくらい。少し歩いてはうたた寝し、お茶を飲み、また横になる、というのが彼のスタイルである。その代わり、孫のアビシャ(6歳)がはぐれた羊を群れに戻したり、移動を促したりと仕事をこなしている。ときどき歌いながら、じっと羊たちを見つめている。アハマドもただ寝ているだけではなく、時々大きな声で注意を飛ばす。私が隣に座ると、アハマドは「今日はお日様があたたかい」と言いながら気持ちよさそうな顔を見せる。

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うたた寝するアハマド(手前)と孫のアビシャ

 放牧の仕事は、基本的にはイハルフ(37歳)の仕事だ。しかし、イハルフに別の仕事があるとき、アハマド、あるいはズンノの当番となる。頻度は時期によって変動があるのかもしれないが、この冬はイハルフが週4回、アハマドは2回、ズンノは1回という割合だ。アビシャは家で留守番する日もあるが、一緒についていく場合が多い。それも単なる見習いではなく、家族から十分な戦力とみなされている。6歳の女の子が、だ。初めて会ったときはまだ放牧には出ていなかったので、この1年の間に仕事を覚えたらしい。

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草を燃やして暖をとっているとき、強い風が吹いたので驚き飛び上がった私を大笑いするアビシャ

 アビシャは私が近くにいると、いつも「アッドゥドゥ(こっちにおいで)」と手招きしてくれる。目についたものがベルベル語で何というか教えてくれたり、カタツムリの抜け殻など珍しいものが道に落ちていると見せてくれたりするのだ。私を嬉しくさせたのは、放牧中、アビシャが飴をくれたことだった。おそらく観光客からもらったのであろう飴を石で二つに割り、半分を私にくれたのだ。そして、そのとき私の名前を初めて呼んでくれた。それは、ホームステイを始めて4日目のことだった。

 「分け与える」というのは彼らの哲学である。たとえば私がファティマ(5歳)にみかんを1つあげるとする。すると、彼女はそれを4分の1に割り、母ズンノと姉アビシャ、弟ヌバーシに配る。日本の子どもなら、自分の分が少なくなるのをきらって、懐に入れて隠すことがあるかもしれない。しかし、ノマドは違うのだ。私は彼らの食事には基本的に手をつけないが、それでも毎回、「コータロー(私の名前)も食べるか?」と必ず尋ねてくれる。そうした余裕が、彼らの誇りであるのかもしれない。

 放牧を繰り返すうちに、羊も個体によって性格が違うことが分かってきた。例えば私がみかんを食べると、その皮を狙って必ず近づいてくる食いしん坊がいる。一方で、頑として口にせず、むしろ私が近づくと逃げてしまう臆病なものもいる。ナツメヤシの種が大好物なものがいれば、そうでないのもいる。イハルフやアハマドにもなれば、すべての個体を識別できるようだ。おそらく羊の中に群れから逸脱しがちなやつがいて、昼食中や誰かと話し込んでいるときに1匹がはぐれてしまっても、すぐに気づいて群れに戻す。ある日、1年前に私が撮影した彼らの羊の写真を見せた。すると、イハルフはそれを食い入るように見つめ、何匹かを指さして懐かしそうにアハマドと思い出話を語り合っていた。