モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

元ノマドの話

  • 12、13日目 Rish→Imilchil(イミルシル)→Tamtattouchte(タムタトゥーシュ)

 約1年ぶりにイミルシルに帰ってきた。イミルシルは標高2500㍍、モロッコで最も標高の高い「町」だ。私は早速、前回宿泊した宿「GITE DETAPE」に向かった。主人のゼイは、私のことを覚えてくれていた。去年来た時は、宿のシャワーから熱水が出なかった。そのため、やかんでお湯を沸かしてもらい、冷水を混ぜて身体を洗ったものだった。しかし、この1年の間に、屋上に太陽光パネルを設置し、熱湯が出るようになったのだと、ゼイは誇らしそうに言った。

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1年ぶりに帰ってきたイミルシルの街並み

 イミルシルに来たのは、この辺りのノマドの動向を知るためだった。イミルシルのノマドは、夏は湖周辺で放牧生活を送り、秋の終わりに家畜とともに砂漠に移動するらしい。だからこの時期、イミルシルにノマドはいない。しかし、ゼイを通してジョンダルミ(田舎警察)に確認したところ、ノマドは今の時期、砂漠ではなく、南部のサグロ山脈(Saghro Mountatin)に移っているということだった。Saghroとは、ベルベル語で「干ばつ」という意味らしい。とても乾燥した地域だが、ここには1年中ノマドが暮らしているのだという。旅の後半はそこに行こうと決めた。

 翌日、乗り合いバスで65㌔南のタムタトゥーシュに向かった。宿は、前日にゼイから強く勧められた「Auberge Baddou」。この宿は、タムタトゥーシュ・イミルシル間の道路がまだピスト(砂利道)だった50年前に、村に初めて建てられたホテルらしい。だから、ここの主人ならノマドについても詳しいだろうということだった。そして、この日は金曜日。金曜日はムスリムにとって礼拝日で、ノマドも山を下りてモスクにやってくる。ノマドのもとでホームステイするなら、直接交渉しやすいだろうとゼイは言った。

 しかし、宿の前に立って驚いた。豪華すぎたのだ。広い敷地に橙色の瀟洒な建物、中庭にはプールがある。50人以上入れそうなレストランが併設されていて、なにより驚いたのは、入り口にレセプション(受付)の部屋が設けられていることだった。タムタトゥーシュは去年も来たことがあるし、ここの前も通ったはずだが、こんな豪華なホテルがあるとは知らなかった。

 宿には3人の従業員が働いていた。2代目の主人、アハマッドは外に出ていて、1時間後に戻ってくるらしい。茶を飲みながら、従業員の一人、ムスタファ(28歳)から興味深い話が聞けた。ムスタファは、8歳までノマドだった。11~5月は南部のネコブ(Nekob)に暮らし、6月は祖父母がいるサグロ山中に2週間だけ滞在する。そのあと、ブーマルンダデス(Boumaine Du Dades)に近いAdradと呼ばれる土地に移動し、10月ごろまでテント生活を送る。ムスタファは言う。「身体を洗うのは、月に2回だけ。ツボに入れた水をすくって、石で肌をこすりつけるんだ。石鹸は時々使った」。私は聞いた。「どうして父はノマドをやめたんだろうか」。「生活がとてもハードだからだ。町のマーケットに行くにも、片道3時間かけて歩いていく。冬はとても寒い。父は町に仕事を見つけてノマドをやめた」。今まで何人もの元ノマドから聞いた答えと同じだった。「ノマドに戻りたいと思うことはあるか」と聞くと、ムスタファは「イエス」と答え、「山には家族以外に人はいない。とても静かで、穏やかな暮らしだ」と言った。

 主人のアハマッドが帰ってきた。思っていたより若い47歳で、ベルベル人には珍しく太鼓腹が出ていた。アラブ人のように髭を蓄えており、その風貌は、田舎宿の主人というより、実業家のようだった。アハマッドに聞いた。

 「私はノマドの暮らしに興味がある日本人です。去年もホームステイさせてもらったが、もう1度、彼らと一緒に生活をともにしたい。どこか受け入れてくれる家族を知っているだろうか。テントは持ってきている。食料はなるべく持参するが、お茶とパンだけは欲しい。一泊につき40DH(480円)支払う」

 アハマッドは私が話し終える前に言った。「ノープログラム。君はその件に関してなにも心配することはない。もうすぐ知り合いのノマドが通るから聞いてみよう」

 「1泊40DHで十分だろうか?」

 「ノープログラム」

 そう言って、アハマッドはアルバムを持ってきて私に見せてくれた。彼の父は31年前に今の場所にホテルを移転させ、3部屋から営業を始めた。アルバムには、彼がまだ青年だったころ、ヨーロッパから来た観光客といっしょにはしゃいでいる写真が何枚も収められていた。アルバムをめくっていると、ロバに乗った男がホテルの前を通りかかった。アハマッドの友人のノマドだった。アハマッドが話をすると、ノマドは何週間後になるか分からない私のホームステイを快く承諾してくれた。