モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

初めてのモロッコ③砂漠で見た恋

 日本人女性は海外でモテる、とよく言われる。モロッコでは確かに真実だと思う。私はサハラ砂漠のほとりで、まさに現在進行中の恋を垣間見た。
 メルズーガという小さな町でのことだ。人口は千人ほどだが、ここでは日本人女性と砂漠の民ベルベル人カップルが過去十年の間に10組以上生まれたという。この数字は、3年前までメルズーガで宿を営んでいた日本人女性・三原典子さんに教えてもらった。「ベルベル人って、いつもターバンを巻いて、目だけ出してるでしょ。彼らって目力があるから、それでクラッとくるみたい。私はそれをベルベルマジックと呼んでるんだけど」。それに加え、彼らは日本人男性ならとても言えないような愛の台詞を恥ずかしげもなくつぶやくから、それに慣れてない女性たちは、さらにクラッとくるらしい。

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 ここでは晴子さんと呼ぼう。晴子さんは当時私と同じ27歳。数ヶ月前に母とメルズーガの砂漠ツアーに参加し、ラクダ引きのベルベル人青年と出会った。フェイスブックで友達になると、彼から毎日のようにメッセージが届くようになったという。「『君は太陽のように輝いているよ』なんて言ってくれる。日本人はそんなこと言わないじゃないですか」と晴子さん。その積極的な愛の言葉から徐々に気になり始めたらしい。彼女には日本人の婚約者がいたが、帰国後それを破棄し、ベルベル人青年の愛が本気かどうか確かめるために、再びメルズーガを訪れた。私が晴子さんに会ったのはその時だった。
︎ 私は晴子さんら日本人5人とスペイン人7人からなる砂漠ツアーに参加した。それぞれラクダに乗って砂丘の中にあるテント村に行き、そこで夕食を食べたあと満天の星とベルベル音楽を楽しむというツアーである。もちろんラクダ引きはベルベル青年の彼だ。話はそれるが、スペイン人というのは本当に賑やかだ。夜、焚き火を囲みながら、彼らは全員で楽しそうに歌を歌うのだが、我々日本人には共通して歌える歌がない。「日本の歌も聞かせてよ」と催促されても、みんなで口をそろえて歌える歌なんて持ち合わせていないのだ。育ってきた文化の違いを感じさせられた。
 ︎翌朝、町に戻る道中で、晴子さんとベルベル人青年が手を繋ぎ歩く姿を、私は朝日に照らされる砂漠の中で見た。一夜にして、二人の距離は縮まったようだった。ホテルに戻ってから私は訊いた。

「彼の愛は確認できましたか」

「はい。彼となら絶対に幸せになれる確信があります」

晴子さんは可愛らしい声で答えた。「絶対」と「確信」が盛り込まれた力強い宣言だった。私はさらに質問した。

「彼のどんなところに惹かれたの?」

「彼に聞いてみたんです。『毎日なに考えてるの?』って。そしたら、『何も考えてない。頭の中はいつもリラックスしているよ』って・・・考え方が、ほんとに素敵なんです」

 2人の共通言語は英語だが、晴子さんはほとんど喋れない。それでも勉強する気はあまりないという。ベルベル人は語学の天才だからだ。特に観光客と日々接するベルベル人は、幼少のころから多言語に触れることから、英語をはじめスペイン語、フランス語、ドイツ語などを自由に操る人も珍しくない。このベルベル人青年もまた日本語の単語をいくつか知っていた。

「私が英語を勉強するよりも、彼が日本語を習得するスピードのほうが速いと思うんです」


 典子さん曰く、ベルベル人と日本人女性でうまくいっているカップルは決して多くないという。その原因の多くは酒だ。私も何度か目撃したが、ベルベル人は体質的にアルコールに弱いのか、すぐ酔っ払い、そして酔っ払うと人が変わる。彼らのほとんどはイスラム教徒だが、自由の民だから飲む人は飲むのだ。

 日本での婚約を破棄し、絶対に幸せになれる確信があると言い切った晴子さんは今どこにいるのだろう。「彼はラクダ引きだから」と結婚したら日本ではなく、メルズーガで暮らしたいと話していたが、今もメルズーガにいるのだろうか。本当に幸せになれたのだろうか。朝日を受けて真っ赤に染まった砂丘の中を、ラクダとともに仲睦まじく歩く二人の姿を私は今も鮮明に思い出すことができる。<続く>