モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

犯人発見?

◻︎トゥルエットを出発した翌日はあられ混じりの雨だった。雨宿りでカフェに立ち寄り、マラケシュで新しく買ったiPhoneを開くと、アップルから一通のメールが届いていた。5日前に盗まれたipadの居場所が分かったという内容だった。

◻︎私は電子機器に疎いため詳しくないが、アップル製品には「iPhone(ipad)を探す」というアプリが初期から入っていて、紛失した場合、別のアップル製品からどこにあるのか位置を調べられるらしい。そのためには、盗まれたデバイスがインターネットに接続される必要がある。 つまり、私のipadがネットに繋がれたので、その居場所が私のiPhoneに送られてきたのだ。

◻︎私のipadがある場所は、オウレド・テイマ(Ouled Teima)というアガディールに近い町だった。ここから280キロも離れている。私は強盗の翌日にお世話になったトゥルエットの署長に電話をかけ、ipadが見つかったことを伝えた。ここから私がSNSに疎いがためにちょっとした迷走が始まるのだが、それはここでは省略する。しばらくして、署長から折り返し電話があり「オウレド・テイマに行ってくれないか」と言われた。
「えっ、これからですか?」
「そうだ。私たちが車で迎えに行く」
「でも、ここからすごく遠いですよ」
「わかっている。君も一緒に来て、我々を手助けしてほしい」
オウレド・テイマは初めて聞く名前だが、地図を見ると、通ったことのある道だ。だから距離感もだいたい分かる。片道5時間以上、今日中に戻ってこれないだろう。困ったなと思った。私も犯人逮捕を強く願う者の一人だが、ipadが一度オンになったというだけで現場に急行するのは見切り発車ではないかと思ったのだ。しかし署長は興奮しまくっていて、有無を言わさない勢いだったので、私は「はい、わかりました」と返事をしてしまった。署長はトゥルエットに着任して3年たつが、強盗事件は初めてだと言っていた。おそらく定年も間近で、この事件が彼の最後の大仕事になるかもしれない。署長からアドレナリンが出まくっているのを私は電話口から感じていた。

◻︎ロバは再び最寄りのジョンダルミが預かることになり、正午ごろトゥルエットから二人の署員が到着した。ひとりは中年の次席とみられる男、もう一人はアナスという英語が話せる若い署員だった。二人もまたとても興奮しており、とにかく今日犯人を逮捕しようと燃えていた。私たちはトヨタランドクルーザーに乗り込み、はるか西にあるオウレド・テイマを目指した。
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◻︎オウレド・テイマに着いたのは日が暮れ始めた午後6時ごろだった。まずこの町のジョンダルミのオフィスに行き、次に警察署に向かった(ジョンダルミとポリスの仕事内容はほとんど変わらないが、ポリスは都市を、ジョンダルミは田舎を管轄する。オウレド・テイマはポリスの管轄だが、郊外を担当するジョンダルミのオフィスも置かれている)。私のipadがネットに繋がれた場所は、青果店や衣服店、電化製品店などの店が何十店舗も入った常設市場(スーク)の一角であることが分かった。私たちはそこに向かった。こちらはポリスとジョンダルミ、そして私と合わせて10人ほどの体制である。

◻︎まず警官四人がスークに入り、場所がだいたい特定できたところで私とジョンダルミがあとを追った。そこはテレビやコンピュータを修理する店だった。ガラクタのような古いテレビやPCが狭い店舗にいくつも転がっている。店は閉まっていたが、店主はまだ近くにいた。40代前半くらいの、髪が少し薄い背の高い男だった。見覚えはない。私たちは一応、店の中を簡単に見せてもらった。男によると、ipadがオンになった午前中は弟が店番してたらしい。弟もあとでジョンダルミの署に呼び出されることになり、兄は私たちと一緒に署に向かった。

◻︎署ではまず兄が取り調べを受けた。その間に弟がやってきたが、こちらも見覚えのない顔だ。30分後に兄と入れ替わりで取り調べ室に入った。ときどき英語が話せるアナスが待合室で待機している私の元にやってきて、「ipadのパスコードは犯人に教えたのか」「いま本体はどんな状態なのか」などと聞く。兄弟と私の発言から、矛盾点や不審な点がないか確認しているのだろうと思った。

◻︎しばらくして、アナスが手招きして私を外に連れ出した。彼によると、今朝の10時半ごろ、ひとりの若い男がipadを持って「icloudを交換したい」と兄弟の店にやってきたという(正確なニュアンスは不明)。店番していた弟はipadを開いて少し操作したがよく分からず断ったらしい。若い男に見覚えはなく、アトラス訛りのベルベル語を話していたという。アナスの見解では「この町をただ通り過ぎただけで、ドゥムナット(現場のタムダ湖から北に50キロの大きな町)あたりに住んでいるのではないか」ということだった。たしかに犯人である年上の男は1回目の会話で「故郷はドゥムナット」と言っていた。
「しかし、なぜ男はicloudを交換したかったのだろう」とアナスは私に訊いた。そのときピーンときた。待合室で待ってる間にネットで調べたのだが、私は前日に「iPhoneを探す」という機能を知り、すぐに「紛失モード」をオンにした。しかし、紛失モードをオンにすると、本体がネットに繋がったときに新しいパスコードでロックされて使えなくなってしまう。たぶん、画面がロックされて使えなくなったので、男はicloudについて店に尋ねたのだろう・・・。だんだん今朝の男の行動が分かってきた。なぜオウレド・テイマに立ち寄ったかは分からないが、スークの中でSIMカードを買い、インターネットを繋いだところ、画面がロックされてしまった。なので、近くにあったパソコン修理を扱う兄弟の店に立ち寄った・・・とすれば、兄弟はグルではなく、男とは全然関係ないことになる。

◻︎私がipadを紛失モードにしたのは、アップル公式サイトが「盗まれた場合もすぐに紛失モードにしてください」と書いていたからである。だが、それは個人情報を守るための処置であって、犯人捜索のためではない。紛失モードをオンにすれば、犯人はipadを使えなくなる。もし紛失モードはオフのまま「iPhoneを探す」機能だけ使えば、ネットに繋がってる限り、ipadの位置が私のiPhoneに表示され続け、犯人逮捕に大いに役立ったはずだ。これは私のミスだ。ipadは朝10:33にオンラインになったきりなので、本体はいまもロックされたままなのだろう。

◻︎アナスのもとにトゥルエットの署長から電話がかかってきた。署長はこれまでも頻繁に電話してきてはこちらの状況を確認したり指示を送ったりしていた。時刻はすでに夜10時を過ぎていた。アナスは私と電話を代わると、署長が何か言った。相変わらず英語とベルベル語を交えての会話で、なにを言ってるのかよく分からなかった。アナスに翻訳を頼むと、こう言っているようであった。「ポジティブな結果を残せなくて本当に申し訳ない。君が疲れてなければいいんだが。でも覚えていてほしい。ジョンダルミはいつも君とともにある」。アナスは「署長に伝えることはあるかい?」と訊いた。私は「あなたが謝る必要はありません。署員たちは私のためにハードワークしてくれました。本当に感謝しています」と言った。本心だった。

◻︎その日はオウレド・テイマに一泊した。翌日、つまり明日の朝、もう一度スークで聞き込み調査をする予定だが、たぶんいい結果は得られないだろうと思っている。夕方ごろ私たちはロバの元に戻り、その翌日に再再出発だ。

※ときどき文字がでかくなってると思いますが、故意ではありません。iPhoneでは更新しにくい・・・