モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

強盗に襲われました

 11/10深夜、男2人組に寝込みを襲われました。

 場所はタムダ湖(Lake Tamda)。ワルザザートから50キロほど北にある、標高2670mの山中にある小さな湖だ。人里から5時間以上離れており、ふつうなら、夜に人が来るはずがない場所である。私は湖畔にテントを張り、午後8時までに眠りについた。

 同9時20分ごろ、テントの外で話し声が聞こえた。ありえないと思い、すぐに目が覚めた。テントから顔を出し、ヘッドライトで辺りを照らした。すると二人の男が近づいてきていた。

 一人は30歳くらい、もう一人は18歳くらいの少年だった。「よう」と二人。私はテントから顔だけ出したまま、少しだけ話をした。しかし向こうはアラビア語しか話せない。ただ、2人がワルザザート方面に行くことだけは分かった。年かさの男はテントのそばにあった私のガスボンベを見て「お茶を飲まないか」と提案した。

 寝ていたのに起こされて、不機嫌になっていた私は、申し出を断った。しかし男は諦められないのか、「ガスボンベを使っていいか」と聞く。この時点で、男が強盗のために来たのだとは思わなかった。迷惑なやつだと思ったが、断るのもしのびない。2人はお茶をつくり始めたが、大きな声で話をし、声を立てて笑うので、再びテントから顔を出し「お茶を飲んだら早く帰ってくれ」と言った。2人はまもなくテントから離れ、山の反対側に消えていった。

 1時間後、2人は再びやって来た。私はいい加減眠りたかったのでテントから出なかった。「おーい」としつこく声をかけてくる。私はテントのドアを開けた。年かさの男の言葉は相変わらずちんぷんかんぷんだったが、「お前はハシシを持っているだろう」というようなことを言っていることが分かった。リュックの中を点検させろと言う。

 「あなたは警察か」

 男は肯定も否定もせずに、「セキュリティ」という言葉を繰り返した。「治安維持のためだ」みたいな意味だろう。

 「身分証を見せてくれ」と言うと、「ない」という。

 「なら帰ってくれ」。すると男の態度は一変した。唾を飛ばしながら盛んにまくしたててきた。人里離れた山中でひとり野宿していることを不審に思ったのだろうか。私はまだ男を強盗とは思っておらず、自分が怪しい者ではないことを証明するためにパスポートを見せた。

 「私はふつうの日本人旅行者だ」

 「パスポートは分かった。問題はリュックの中だ」

 「それは困る」

 強引な物言いも気に食わない。しかし、男は気が狂ったかのようにしつこく要求する。このままだと、テントを破ってでも入ってきそうだ。私は観念してリュックの中を見せた。何も盗られないようにと、注意深く観察しながら。今振り返ると、リュックの中に盗む価値があるものがあるか物色するための言いがかりだったのだろう。男はロバの方も確認し、問題がないと知ると「申し訳ない」と言って去っていった。

 1時間後、三たび、外から声が聞こえた。と思うと、テントが激しく揺れた。どちらかがテントを蹴りあげたらしかった。嫌な予感がした。テントから顔を出すと、年かさの男がヘッドライトを取り上げた。手にはダガーナイフを持っていた。

 「すべて出せ」と男は言った。「金、タブレット、カメラ、全部だ」。この時点では私はどうすればこの異変を何事もなく切り抜けられるだろうかと考えを巡らせていた。要は出し渋ったのだ。テントから引きずり出された。背中を少年に蹴られ、頭を押さえつけられ、地面と腹ばいの状況になった。彼は片手に大きな石を持ち、肩や背中を何度も殴りつけた。「やめてくれ」と叫んだ。「タブレットはどこにある」と年かさの男が言った。私はなお「お前にはやらない」と拒んだ。反撃はしなかった。2人は理性を失うほど興奮していたので、反撃すれば殺されると思った。「お前を殺して、湖に沈めてもいいんだぞ」というようなことを男は言った。また「誰も助けは来ないぞ、ほら」と言って、大声で叫んでみせた。少年に腹を蹴り上げられ、もう一人が私の首をロープで締め付けてきた。息ができなくなった。少年はテントを切りつけ、持ち上げて上下に振り動かし、中の荷物を地面に落とした。

 タブレットと財布はショルダーバッグの中に入れていた。しかし二人はそれに気づいておらず、「タブレット、金はどこだ」と叫んだ。私は意識が朦朧とし、言葉を発することができなかった。やがて少年がバッグの中に貴重品が入っていることに気付き、彼のリュックの中に移し始めた。私の身体はロープで縛られ、身動きできなかった。あらかた盗み終わるのを見届けてから、「カメラのメモリーカードだけは返してくれ」と声を絞り出した。

 年かさの男は「分かった」と言って取り出してくれた。「財布の中にあるクレジットカードも」と言うと、それも返してくれた。私に抵抗の意志がないことを知ると、ロープをほどいてくれた。男は「アイム・ソーリー」と言って私の肩を叩き、山の中に消えていった。 続く。