モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

いのちの水

 砂漠でも遊牧民が生活できるのは、水があるからだ。ここでは雨はめったに降らないが、アトラス山脈などに雨や雪が降ると、長い時間をかけて砂漠の地下水となる。これが彼らの生活を支えている。

 井戸はサルムの家から300メートルほど離れた場所にある。屋根には太陽光パネルが設置されている。スイッチを入れると、ポンプが水をくみ上げ、ホースから勢いよく水が出てくる仕組みだ。シャワーのように使うこともできるが、水は日中でも冷蔵庫より冷たく、風が強い日だと凍えてしまうほどだ。井戸のそばには石で組み立てた小さな小屋があり、女性たちは水を汲んで水浴びする。

 この井戸は遊牧民たちによって掘られたというが、真偽は不明だ。10キロほど離れた場所にも井戸があるが、そちらは「OKID HUMAN LIFE PROJECT 1999」という文字が掘られていることから、フランスの非営利団体が整備したことがうかがえる。サラムらが使っている井戸も、ここと全く同じタイプであることから、同じ団体が整備に関わっていると考えられる。

 井戸が掘られた時期について、ある人は「20年前」といい、またある人は「30年前」であると主張する。深さも「10メートル」という人もいれば、「30メートル」という人もいる。考えてみれば、砂漠の暮らしでは西暦なんて意識しないだろうし、メートルの概念もないだろうから、あいまいなのは当然だ。

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井戸の水を飲むロバ。このロバたちも、人はついておらず、どこからか自分たちだけで歩いてきた。

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ペットボトルに水を入れるファスカとトゥーダ

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井戸の内部。ポンプが使えなくなったときは滑車を使う

 私がいた2月は、日中こそ太陽が出ていれば肌がじりじり焼けるほどの暑さだが、夜は氷点下近くまで下がる、れっきとした「冬」。サルム家では、この季節、3日に1回の頻度で井戸を利用していた。1頭のロバに5リットル入りのペットボトル14本を運ばせる。道が険しいトドラ渓谷では、ロバは一度に6本しか運べないから、やはり砂漠は地の利があるようだ。

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砂丘キャンプサイトに運ぶための水を汲んでいる業者

 井戸の水は、観光客が宿泊するいくつかのキャンプ・サイトでも使われている。業者が毎日、井戸まで車でやってきて、各キャンプ・サイトに運ぶのだ。一度にポリタンクで計700リットルほど運ぶことができる。それは飲み水としてではなく、シャワーやトイレのために使われる。マアミドのシェガガ砂丘は、メルズーガよりアクセスが難しい上にツアー料金も高いので観光客も本物志向が集まってくるが、「砂漠でもシャワーが浴びられる」ということは、大きな魅力となっているらしい。

 井戸の寿命はどれくらいなのか。遊牧民に聞いたことがないので分からない(聞けばよかった)。だが、私の目で見る限り、水は常にかなりの深さがあり、700リットルの水が一度になくなっても、見た目では減ったとは感じない。井戸は少なくとも20年以上は使われていると思われるが、まだまだ枯れてはいないようだ。しかし、遊牧民は、その水をとても大事に使う。サラムの家でも、井戸はすぐに行ける距離なのに、その妻イッザは、手のひらを少しだけ水で濡らし、拭うようにして食器を洗っていた。水を得るのに5時間以上かかるトドラ渓谷でも、その姿勢は同じだった。水がいかに貴重であるのか、彼らは知っているのだ。