モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

羊のスーク

 トドラ渓谷から約20キロ離れたティネリールでは、毎週木曜と土曜日にヒツジやヤギのスーク(市)が開かれる。トドラ渓谷のノマドたちは、金が必要になるとスークに行き、ヒツジやヤギを売っていくばくかの金を得る。しかし、アハマド家では当分ヒツジが売れる見込みはなかった。そのため私はひとりで市を見学することにした。

 小学校の体育館くらいの広さがある会場は、人とヒツジで隙間なく埋まっていた。ヒツジはざっと数えただけでも500匹以上はいるようだった。寒さのため、ヒツジは体を寄せ合い、おしくらまんじゅうをしているかのようだった。その周りで、羊の売り買いをしている人々がかたまっている。低地のヒツジ飼いの姿もあるが、一見してノマドと分かる人も多い。10匹以上のヒツジを連れてきている人がいる一方で、よく肥えたヒツジ一匹だけの人もいる。足を縄でくくりつけ、客が来るのを待ち構えていた。

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人より羊の数の方が多い

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買い手が決まり、トラックに運び込まれる羊

 客は気になるヒツジがいると、歯を見て年齢を確認する。羊の8本ある前歯は一年ごとに2本ずつ乳歯が永久歯に入れ替わるので、歯から年齢が予測できるのだ。私も値段の相場を知るため、何人かにヒツジの値段を聞いて回った。若くて肉付きがよいオスが最も高い値がつき、およそ1000ディラハム(約1万2千円)。メスはオスよりもいくぶん安く、痩せたものだと300ディラハム、肉付きがよいと500ディラハム、2匹の子羊とセットで700ディラハムというのもいた。

 たくさんのヒツジを前にすると、アハマドのヒツジの肉付きが劣っているのは明らかだった。1000ディラハムのオスヒツジより、体が一回りも二回りも小さいのだ。

「うちのヒツジは1匹100ディラハム(約1200円)にしかならない」

イハルフそう話していたことがあるが、それはいくぶん過小評価だとしても、500ディラハム程度がせいぜいではないかと私は思った。良い値がつくのは、低地で育てられたヒツジだ。少数精鋭で、豊富な飼料が与えられたヒツジは毛並みもよく、素人目でもノマドのヒツジより高値がつくのは当然のように思えた。

 商談が始まると人の輪ができるので、すぐに分かる。値段交渉は直接、現金を見せ合いながら行われる。500ディラハムで買いたいなら100ディラハム札を五枚見せるといった具合だ。野次馬に取り囲まれながら、交渉はあくまで当事者同士で進み、売買が成立すると握手が交わされる。面白いのはここからだ。ヒツジはトラックに運ばれるのだが、その運ばれ方というのが、そのまま丸抱えして運ぶ者もいれば、足を持ってよちよち歩きさせる者もいる。ヒツジたちは自分たちの行く末を案じて「メエメエ」と泣き叫び、興奮のあまり糞をぽろぽろこぼしていく。その顛末は見ていて飽きなかった。

 スークは午前七時には始まり、午後二時ごろ終わる。 ヒツジやヤギを運ぶトラック運転手は各地域にいて、例えばティスギ村だと1匹10ディラハム(約120円)で運ぶことができる。これは人間がタクシーに乗る値段と同じだ。

 

 その夜、私はイハルフたちにスークで撮った写真を見せた。子どもたちは初めて見るスークの様子に興味津々だったが、イハルフは関心を示さず、むしろ「バラカバラカ(もう終わりだ)」と言って、私にカメラを引っ込ませた。自分たちのヒツジはたくさん死んでしまい、しばらく売れそうな見込みはない。それがイハルフは悔しかったのである。

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 ※本日3月19日に帰国しました。これからも少しずつ更新していきますので、よろしくお願いします。