モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

スークへ

 前回は私の思い込みから空振りに終わったスーク(青空市場)への買い出し(そのときの記事はこちら)。起床は午前5時半。イハルフとともに岩穴でお茶とパンだけ食べ、6時半ごろ出発した。外はまだ真っ暗だ。

 出発する際、イハルフは外に繋いでいたロバ4頭とラバ1頭を山に放した。荷物を運ばせるために一緒に山を下るのだろうと思ったが、ロバたちはいつの間にかいなくなった。単に草を食べさせるために放しただけらしい。イハルフによると、この日は妻ズンノが水を汲みに山を下りるから、そのタイミングで荷物を運ばせるという。(※水くみと重ならない日はイハルフがラバとともに山を下りる。その場合、午前4時に起床、5時には下り始める。スークの荷物を運ばせるのはラバだけだ。ロバは使わない)

 私はヘッドライトで足元を照らし、転ばないよう慎重に歩く。しかしイハルフの足取りは速い。明かりもつけず、月の光だけを頼りにどんどん進んでいく。自然と私も小走りになる。すると案の定、石につまずいたり砂利で滑ったりしてしまう。

 「ライトを消せ。そっちのほうが歩きやすい」

 イハルフに言われた通りにしてみるも、むしろ足元が全く見えなくなり、とても前に進むことができない。山で生まれ育ったノマドはおそろしく夜目がきく。彼らと私の目では見える世界がぜんぜん違うのだ。再び明かりをつける。石につまずくこと3回目、イハルフは見かねて私のリュックを取り、身軽にさせてくれた。7時前に日が昇り始め、足元がだんだん見えてくる。7時5分に麓のパーキングエリアに到着。ふつうの人なら1時間はゆうに超える道だが、なんと約30分で山を下りてきたことになる。

 タクシーを2台乗り継ぎ、スークに到着したのは午前8時15分。スークの会場は、日本の小学校のグラウンド2つ分くらいの広さだ。新鮮な野菜をはじめ肉、スパイス、日用品、絨毯、自転車など生活に必要なものはすべてここで買える。同じものを扱う店はだいたい固まっているから値段の比較もしやすくて便利だ。

 我々はまず朝食を食べるため食堂に入った。屋根はなく、テーブルと椅子だけを並べた即席の食堂だ。フライドポテトやトマト、タマネギのみじん切りがたっぷり入ったサンドイッチ、オリーブオイルのスープ、それからアタイ(お茶)をいただく。これでひとり10DH(約120円)。

 次にイハルフは山羊の皮を買い取る商人のもとに向かった。私が来る以前に解体した山羊の皮で、しばらく外に干していたらしい。大きさは見たところ60㌢×20㌢ほど。山羊の皮はタンニン剤でなめされた後、モロッコ革として加工されるのだ。商人がイハルフに提示した金額は「2.5DH(約31円)」だった。イハルフは納得しない。しかし商人は「3DH(約36円)」までしか出さないと言い張る。イハルフは「冗談じゃない、それなら売らない」とかぶりを振る。値段交渉の場では、どちらがより強く「売りたい」あるいは「買いたい」と思っているかが売値を左右する。この場合、イハルフのほうが不利に思われた。5分ほどのやり取りの末、皮は「5DH(約60円)」で売られることになった。

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イクサンを袋に詰めるイハルフ

 次に向かったのは羊の飼料となるイクサン売り場だ。イクサンとは、ナツメヤシの実を細かく砕いたもの。羊の大好物で、放牧から帰ってきた羊たちはこれを求めて毎夕すごい騒ぎになる。この売り場では、トドラ渓谷近辺のノマド3人と出くわした。イハルフは少し立ち話をする。持参してきた藁袋に25キロのイクサンを詰めると、会場の北側に止めてあるピックアップトラックに向かった。ここには同じようなトラックが10台以上止まっていて、物資を届けるため待機しているのだ。トドラ渓谷(ティスギ村)を担当するのはイブラヒムという男。物資の量によるが、大きな藁袋4つ分くらいであれば15DH(約170円)程度で山の麓まで運んでくれる。イブラヒムのトラックを利用する人のほとんどはノマドだ。そのためトラック周辺はノマドの社交場にもなっている。イハルフも藁袋がいっぱいになるたびにトラックに運び、そこで少し立ち話し、また買い出しに戻る。正午までにはトラックの荷台はいっぱいになり、ティスギ村に向けて出発する。数人のノマドは助手席や荷台に同乗するが、そうではない状況のときはタクシーを乗り継ぎ村に戻る。トラックは山の麓のほか何か所かで荷物を下ろし、ノマドは各自、ラバやロバに荷物を載せ、山を登る。

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物資をトラックに積み込むイブラヒム(上)

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物資を運ぶラバとイハルフ(別の週に撮影、毛布は私の私物)。途中でお茶休憩も挟み3時間かけて山を登る

 この日、イハルフが買ったものは以下の通りだった。

 

・イクサン(25㌔) 30DH

・ティムズゲン(麦のこと。イクサンと混ぜて羊の飼料とする。45㌔) 110DH

・茶、砂糖、小麦粉、オリーブオイル(タジン用) 106DH

・ジャガイモ、タマネギ、カブ(各4㌔)、ニンジン(6㌔)、みかん(2㌔)、リンゴ(2㌔) 70DH

・オリーブオイル(パン用) 55DH

・羊の脂(パンに塗り込む)、ネイル用品(女性が爪に塗る植物の粉で、日にあてると赤くなる) 18DH

・スパイス(タジン用) 15DH

・ピーナッツ(500㌘) 11DH

・運送費(ティネリール→ティスギ村) 15DH

 

 合計430DH。この後、私は3度、買い出しに同行したが、内容はほとんど同じだった。この日の場合、タクシー代と朝食代は私が負担したので、買い出しにかける費用は450DH(約5190円)前後ということになる。買い出しは必ずしも毎週行くものではないが、月に3回は行くようだ。とすると、イハルフ家では月1350DH(約1万5570円)を支出していることになる。この額は、ノマドにとってかなり大きな金額だ。なぜなら、彼らの収入源である羊は肉付きのよいものでも、1匹せいぜい700DH(約8070円)にしかならないからだ。しかし、イハルフ家では前に書いたようにツーリストが定期的にやってきてお茶代として金が落ちるから、それで何とか生活していけている。それでも服や靴など日用品を買い出す余裕はほとんどない。それらは主にボランティアや観光客の寄付に頼っている。