モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

ノマドと女性

 私がノマドの女性とかかわる機会はそう多くない。最も身近なのはイハルフの妻ズンノ(35歳)だが、1日に数回、あいさつを交わすくらいで、会話という会話はしたことがない。一度、ズンノが放牧に出かける日に、「一緒に行きたい」と言ってみたが、断られたことがある。私が知っているのは、週に1、2回放牧に出かけ、ほかの日は往復5時間以上かけて家と渓谷を往復し、水を汲むか洗濯しに行くということだけだ。

 水くみはロバ4頭、ラバ1頭が使われる。ロバは5㍑容器を6本、ラバは11本運ぶことができる。つまり1回で5×6×4+5×11=175㍑運ぶことができる。しかしほとんどは放牧中の羊の飲料水として使われる。ほかの仕事として、絨毯織りをしている人もいると聞くが、トドラ渓谷周辺においては、見たことがない。ノマドの女性は忙しい。ここは水源がとても遠いから、水くみだけで半日が過ぎてしまう。

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道路を歩くノマドの母娘。母親は背中に赤ん坊を背負っている

 イハルフによると、ズンノは35年間の人生で、山と渓谷しか行き来したことがないという。買い物は男の仕事だから、ティネリールにも行ったことがない。つまり、町というものを見たことがないのだ。私は以前、余ったカリフラワーをズンノに手渡したことがある。そのときのズンノの一言が忘れられない。「マッタウヤ?(これは何?)」。彼女はそう言ったのである。彼らは保存がきくジャガイモ、ニンジン、タマネギ、カブしか買わないので、買い物したことがないズンノはカリフラワーを見たことがなかったのだ。

 日中は放牧か水汲み、洗濯。夜はスープを作り、翌朝に焼くためのパン生地をこねる。毎日がその繰り返しだ。真っ暗な岩穴の中、小さな懐中電灯をひもで頭にくくりつけ、ほとんど言葉を発さず、黙々と仕事をこなす。放牧が終わり、夕食を食べて眠りにつくまでの約2時間は家族がそろう唯一の時間だが、イハルフやアハマドともほとんど言葉を交わさない。

 ときどき、背中の赤ん坊が泣く。ベルベル人の女性は、赤ん坊は毛布にくるみ、ひものようなもので縛って背負っている。ズンノもまた、寝る時間以外はずっと背中に背負っている。泣きわめいても、別にあやすこともなく、そのままだ。家族は誰も気にする様子はない。そのうち泣き止む。ノマドの赤ん坊はオムツをつけない。ㇴバルヒ(2歳)もそうだが、小便大便は垂れ流しだ。日本の母親が見たらびっくりするだろう。それでも、ときどき見せるズンノの優しい表情は印象的だ。冷え込んだ夜、焚火の火で自分の手を温め、ヌバルヒの頬をなでてやる光景を見たことがある。

 ノマドの女性は、保守的なイスラム社会の中で生きている。外ではヒジャブとニカブで目と手以外は隠す。夫以外の男性と一緒にいることをよしとしない。買い物は男の仕事で、女は家の仕事に専念している。男の私が彼女たちと接する機会はこの先もほとんどないだろうと思う。