モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

家族を照らす炎

 ノマドのもとで2泊し、山を下りてきた。食料の買い出しのためだ。初登りの日はテントや毛布、水を運ぶので手一杯で食料を十分に運び込めなかった。今日(11日)はトドラの村で一泊。明日また山に戻る。

 今朝、お世話になっているノマド一家の主人イハルフ(37歳)に予定を伝えた際、「トドラの宿は一泊いくらするんだ?」と聞かれた。私はこの家族に、一泊につき30DH(約360円)を渡すことにしている。正直に「60DH(約720円)だ」と言うと、彼は「エゴラ(高い)」とつぶやき、「今日中に戻ってきたらいいじゃないか」と言ってくれた。その申し出に私は安どし、またありがたいと思った。少なくとも、彼は私の滞在を(今のところは)不快に思っていないらしい。

 今回のホームステイにあたっては、私の滞在が彼らの負担にならないように努めなければならない。ノマドにとって食料や水、薪はとても貴重だ。それらを手に入れるためには4時間以上かけて山と町を往復しなければならないし、金銭的にも決して安くはない。私が彼らからいただくものはノマドにとって最も身近ともいえる茶(アタイ)とパンだけにしようと思っている。

 それでも商売として私を受け入れているわけではないから、外国人と生活をともにすることで、多かれ少なかれストレスを感じているはずだ。今のところは大きな問題は起きていないが、これから5、6日と続いていくと、どうなるかは分からない。

 【イハルフ一家の概要】

 夫 イハルフ 男 37歳

 祖父 アハマッド 73歳

 妻 ズンノ 女 28歳(?)

 長女 アビシャ 6歳

 次女 ファティマ 5歳

 長男 ヌバーシ 2歳

 ?? バルヒ 0歳

 羊約60頭、山羊3頭、馬1頭、ロバ2頭、犬4匹

 実は今回、イハルフ一家には、飛込みでホームステイをお願いした。前回は、トドラの村で宿を営む日本人女性・典子さんを通して、ノマドと顔なじみのベルベル人男性ムスタファに、山から下りてきたイハルフの妻ズンノと交渉してもらった。今回も、ムスタファに、「ズンノを見かけたら一泊30DHで泊めさせてくれないかと聞いてくれないか」とお願いしておいた。しかし、私がトドラにいた10日間、ズンノは山から下りてこなかった(理由は後に分かる)。だから、もう直接行くしかないと思ったのだ。去年もホームステイさせてもらっているし、いやな顔はされないだろう。私もすでに自分の意思を伝えられるくらいのベルベル語は身につけている。

 36リットルのバックパックに、テントや寝袋、1日分の着替え、食料(みかん1㌔、バナナ3房、パン3枚、ナツメヤシ100g、野菜少々)を入れ、毛布とアルミマットをくくりつけた。片手には5リットルの水が入ったボトル。午後2時過ぎに典子さんの宿を出発。軽装なら2時間弱で頂上に辿り着く岩山を、2時間半かけて登る。標高は1500㍍から1850㍍まで上がる。植物はぽつりぽつりとしか生えていない。

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ノマドの登山道(頂上から撮影)

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イハルフの家(岩穴は右斜面にある)。裏山の頂上からはティネリールの町が見渡せる

 イハルフの家は、9つの岩穴と山羊の毛で作ったテントからなっている。私が着いたとき、外には妻ズンノと次女ファティマ(5歳)がいた。男は放牧に出てるようで2人しかいない。ズンノは背中に赤ん坊を背負っている。毛布にまかれて顔が見えないほど小さく、ごく最近生まれたらしい。ズンノがしばらく山から下りてこない理由が分かった。日が暮れるころ、イハルフが馬とともに帰ってきた。町に出ていたらしく、馬にわらをたくさん載せている。次に祖父アハマッド(73歳)と長女アビシャ(6歳)が羊と山羊を率いて帰ってきた。

 前回のホームステイで私が寝起きしたのは、子羊用の岩穴だった(地面は糞だらけだった)。今回は、その岩穴の前にある空き地にテントを張らせてもらった。石垣に囲まれているので、風をある程度防いでくれる。

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前回は右の岩穴の中で寝泊まりした

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 日が完全に沈みきると、アハマッドに手招きされて団らんの場として使われる岩穴に入った。囲炉裏があり、彼らはここで夕食をとる。去年は私が外から覗いただけでズンノが拒んだので、中に入るのは今回が初めてだ。アハマッドが火をつけた。ファティマ、アビシャ、ヌバーシ(2歳)、イハルフの顔が赤く照らし出される。ズンノが外の焚火で作ったタジンを持ってきた。タジンといっても、我々旅行者がレストランで食べるようなものではなく、平鍋にオリーブオイルと輪切りされたジャガイモを入れて、パプリカと塩だけで煮た質素なものだ。朝に焼いたのであろう冷たいパンと一緒に食べる。私もほんの少しだけいただいた。

 夕食の時間は、家族全員がそろう貴重な時間だ。しかし、会話は別に弾むわけではない。全員で火を囲みながら、ぽつり、ぽつりとつぶやくようにして誰かがしゃべる。沈黙の時間のほうがおおい。イハルフとズンノはドイツ人にもらったというヘッドライトをつけている。イハルフのほうは電池の効きが悪いらしい。私は持参してきた単四電池を3本プレゼントした。明日は羊の放牧に同行したいと話すと、イハルフは了承した。この日は19時15分ごろテントに戻って、就寝した。日が沈むと寝て、昇ると起きるというのが彼らの生活だ。ヘッドライトの明かりを消すと、辺りは闇に包まれた。見上げると満天の星がまたたいていた。