モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

乗り合いバン

  • 9日目 Ighzrane→Imouzzer Marmoucha

 この日2つの目の峠にたどり着いたとき、後ろから1台の乗り合いバンが追いついてきた。乗せてもらおうかなという考えが一瞬、浮かんだ。今日はすでに20キロを走っているが、この辺りは人の匂いがまるでしない。山は、人の暮らしがあるから面白いのだ。いくら景色がよくても、ペダルを回すだけの旅はつまらない。しかし、迷う間もなくバンは通り過ぎてしまった。

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ミドルアトラス山中。この辺りはまだ緑が多い

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adrjで止まっていた乗り合いバン。天井に乗客の荷物を載せる

 下り道を一気に駆け降り、adrjという町に入った。左手にピンク色の立派な建物が見える。その前に、さっきのバンが止まっていた。そばに男が立っていて、片手に持った袋をアピールしながら私を止めようとした。こんな小さな村に物売りか、と意外に思ったが、いったん通り過ぎた。しかしすぐに、やはりあのバンに乗せてもらおうと思い直し、引き返した。物売りの男は私に近づき、袋を差し出した。中にはバナナが1本と、みかんが4個入っていた。私にくれるらしい。「どうしてですか?」。私が尋ねると、男は「君と私は友達だからだ」と答えた。もちろん男とはいま出会ったばかりだ。しかし、男は別に冗談を言っている風でもなく、友達だから当然だという顔をしている。「水はあるか?」「いや、ありません」。男は私をピンク色の建物の敷地に連れていき、「この辺りの水はとてもいい」と言って蛇口からペットボトルに水を入れてくれた。

 バンは私の今日の目的地である「Imouzzer Marmoucha」という町の20キロ手前の村まで行くという。私は乗ることにした。「いくらですか?」。運転手は、首を振って「フリー」と答えた。無料で乗せてくれるという。そんなうまい話があるのだろうかと思ったが、荷物係は私の自転車を天井に乗せて、バンは出発した。

 バンは頻繁に止まる。道端に人が見えるたびに運転手は声をかける。あるいは、バンに載せていた荷物を沿道の家に運ぶ。この辺りの住民にとって乗り合いバンは、単なる移動手段ではなく、生活物資を届けてくれる宅配の役割も担っているらしい。

 峠を1つか2つ越えて、道路の分岐点でバンは止まった。最後まで残っていた10人くらいの乗客は全員ここで降りる。「本当に無料でいいんですか?」。私が聞くと、運転手はニコリと笑い、「ノー・ディルハム!(ディルハムはモロッコの通貨)」と力強く答えた。礼を言うと、全員が手を振って見送ってくれた。

(いま振り返ると、バナナをくれた男はジョンダルミ、田舎警察の一人だったのだと思う。乗り合いバンに乗っていた誰かが「アジア人が来るぞ」と男に教え、バナナとみかんを持って私を待っていたのだろう。バンに無料で乗れたのも、ジョンダルミの計らいに違いなかった)

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店頭に吊り下げられたヤギ。頭だけ残っているのはイスラムで禁じられている豚ではないことの証明

 そのあと、私はさらに2台の車をヒッチハイクし、日が暮れるころ、標高1600㍍の町Imouzzer Marmouchaにたどり着いた。ホテルが一軒だけあって、シャワーはないが素泊まり一泊50DH(約600円)。荷物を置いて、腹を満たすため町に繰り出した。店前に山羊3頭がぶら下がっている肉屋があった。その場で切り分けて焼いてくれるらしい。20DH(約240円)を渡すと、こぶし大の肉塊が出てきた。それを店前の七輪で焼いてもらう。スパイスを振りかけてパンに挟んで食べていると、一人の老ベルベル人がニコニコしながら近寄ってきた。「モロッコにようこそ」。そしてベルベル語のレッスンが始まった。「モロッコの3分の2はアマジグト(ベルベル人)だ。アマジグトはフリーピーポー(自由の人)という意味だ」。老人はいくつかのベルベル語を紙に書いて唾を飛ばしながら講釈する。その間にも、店の前には次々と若者が集まっては、私に話しかけてくる。アジア人が珍しいのだ。「ナイストゥミーチュー」。子どもたちとすれ違うたびに声をかけられる。「この町で何か困り事があったら、いつでも俺に聞いてくれ」。この町にいる間、何人からこのように声をかけられただろう。昨日まで名前も知らなかったこの小さな町で、私はまるでアイドルのようにもてなされた。