モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

ミドル・アトラスへ

  • 7日目 Taza近郊→Bab Boudir 

 朝、テントから出ると、あたりは霜が下りていた。トマトを水で洗うと、手がかじかむ。あまりに寒いので、テントに戻って寝袋にくるまり、本を読みながら太陽が昇ってくるのを待った。

 前日にTazaを出発した私は、ミドル・アトラス山脈*1に突入した。ミドル・アトラスを越えるルートはいくつかあるが、私が選んだのは、観光客はおろかモロッコ人でさえほとんど通らない道だ。地図をみると、ぽつんぽつんとベルベル人の集落があることが分かる。初日は急こう配の坂道が続き、標高1240㍍地点にあった公園にテントを張った。

 午前10時ごろ、太陽がやっと山の上から姿を現し、出発した。上空は雲一つない青空が広がっている。この時期のモロッコは、太陽が出るとむしろ暑いくらいだ。夜になると一気に冷え込むので、夏と冬が一緒にきたように感じる。

 30分ほど漕ぐと、視界が開けてきた。石を積んで作られたベルベル人の家が現れ、遠くには何十頭もの羊の群れが見える。車は1時間に1台通るかどうかで、ここでは人より羊の数のほうが多い。この一帯で織られる毛足の長い絨毯は「ベニワレンラグ」と呼ばれ、ヨーロッパで人気がある。ときどき自転車を止めて、草を食む羊を眺めながら私もみかんを頬張った。

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荒野に現れたベルベル人の集落

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木陰で休んでいると、ロバに乗った少年が近づいてきた

 この日辿り着いたBab Boudirは、静かな村だった。村の入り口には瀟洒なホテルがあり、バンガローが何棟も並んでいるが、人けがまるで感じられない。プールがあり、大きなサッカー場もある。民家は20軒くらいあるが、誰も外を歩いていない。夏だけ避暑地としてにぎわうのだろうか・・・。カフェが一軒、あった。驚くべきことに、若い男が15人も座っていて、テレビのサッカーの試合に夢中になっていた。バルセロナレアルマドリードの試合だった。全員がバルセロナのファンらしく、メッシがゴールを決めると手をたたいて喜び合っている。

 店主にタジンを頼むと、「うちに泊まらないか」と声をかけられた。2階に部屋があるらしい。昼・夕・朝食込み125DH(約1500円)で交渉成立。タジンを食べている間にサッカーの試合は終わったらしく、気づくと男たちは誰もいなくなっていた。

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ハリド(中央)に連れてきてもらった老ベルベル人の家

 夜は、昼間にカフェで知り合ったハリドという青年に招かれ、彼の友人宅にお邪魔した。その友人は、60代半ばくらいの男だった。モロッコでは、これくらい年の差が離れていても友達付き合いすることは珍しくないらしい。ハリドはふだんはTazaでトラック運転手をしているが、週末になると彼女とタクシーで老人宅に来て、トランプや山歩きなどをして過ごすという。彼のリュックには1㍑のワインボトルが2本、缶ビールが10本以上入っていた。ワインをビールで割って、何杯もいただいた。話の中で、ベルベル語の話題になった。私は言った。「私もいくつか単語を知っているよ。太陽はタフイツだっけ?」。ハリドはきょとんとしている。「太陽はタフイツ、月はアユール。違ったっけ?」。ハリドによると、彼はベルベル人だが、大西洋に面したエッサウィラ出身で、アトラス山中で話されるベルベル語は分からないという。「ベルベル語は大きく分けて3つに分かれている」と彼が言うと、ベルベル人の老人は「いや5つだ」と訂正する。いくつか単語を教えてもらったが、私がYoutubeで覚えてきた単語とはぜんぜん違う。そういえば、私がこれまで見てきた砂漠や山のベルベル人は、酒を飲むときまってべろんべろんに酔っぱらったが、彼はワインを何杯飲んでも平気な顔をしている。これもまた、海側と山側でくらすベルベル人の違いの一つなのかもしれなかった。

*1:ロッコは国を二分するように(西側から)アンチ・アトラス、ハイ・アトラス、ミドル・アトラス山脈が連なっている。北側は地中海性気候、南側に砂漠が広がる