モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

平穏な日々⑧初めてのモロッコ

 再びトドラ渓谷に戻ってきた私は、ここで2週間過ごした。初めて来たときはまだ咲き始めだったアーモンドの花は満開になっていた。アーモンドの花はサクラによく似ていて、誰かがそう教えてくれなければ、日本人なら「こんなところにサクラが咲くのか」と驚くかもしれない。日干しレンガの茶色い景観の中で、淡いピンク色はよく映えた。私は日本より一足早い春を楽しみながら、写真を撮ったり、川で洗濯したりして過ごした。宿は高知県出身の典子さんが経営している「メゾン・ドット・ラ・フルール」。普段は日本人観光客が毎日のように宿泊するが、この時期は例年、客数は多くないそうで、「いまの時期が一番いいのにねえ」などと話したりした。

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満開のアーモンドの花=トドラ渓谷

 ホームステイさせてもらったノマド宅も再訪した。祖父のハマドは私のことを覚えていてくれて、頭を何度もなでて歓迎してくれた。一方、子どもたちは覚えていないらしく素っ気なかったが、リンゴを手渡すとうれしそうに手に取った。私が不在だった3週間の間に、羊は出産シーズンを迎えていた。ハマドの家では、羊を100頭近く飼っている。石垣の中の一画に子ヒツジが12頭かたまっていて、「メーメー」とかわいらしい声を上げていた。あまりにかわいいので、しばらくじっと観察していると、ノマドの子どもが近寄ってきて、「ノ!(だめ!)」と首を振ってみせる。彼らは、自分たちの財産が他人に脅かされることをとても嫌うのだ(と私は思っている)。代わりに、彼らは私の財産には、私の許可がなければ決して自分から手を触れない。

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かわいらしい声を上げる子ヒツジたち

 ある日、川辺に下りると、ベルベル人の母親と4歳くらいの娘が川で洗濯していた。私は少し離れた場所で、水切りをして遊んだ。すると、それを見た女の子も、私の真似をしようとする。といっても、水切りなんてやったことのない少女は、石を水平に投げるのではなく、大きめの石を両手でつかみ、川に投げ込むのだ。「ドボン!」。大きな音が上がると、少女は驚いたように私を見、母親と私は顔を見合わせて笑った。

 トドラ渓谷では、このように、穏やかで平和な時間がゆっくりと流れていた。<続く>