モロッコ遊牧民探訪記

遊牧民との生活。ロバとの旅の記録

初めてのモロッコ⑤エッサウィラのたこ焼き屋

 「たこ焼」と書かれた赤い提灯が風に揺れていた。

 私はそのとき、大西洋岸の港町エッサウィラにいた。1月にあって昼間の気温は20度を超えるリゾート地。私はしばらくこの町に滞在することに決めていた。

 たこ焼き屋は旧市街の土産物屋が並ぶ通りにぽつんとあった。驚いたのは、異国情緒あふれるこの町に突如たこ焼の提灯が現れたことだけではなく、店主のインパクトの大きさだった。まっ黒なあごひげはもみあげと繋がり、二の腕は硬く盛り上がっていた。千枚通しで手際良くクルクルとひっくり返していく。あまりに自然にたこ焼きを焼いている姿に私はまず心を打たれた。客商売をしているモロッコ人というのは、決まって愛想がいいが、この店主は無駄口を一切叩かない。淡々と焼き続けているだけだ。

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 値段は1個4DH(約44円)。日本なら一般的な値段だが、モロッコの物価を考えると、かなり強気の値段設定だ。ためしに値下げを試みるも、店主は一切応じようとはしない。そんなことも値段交渉が当たり前のモロッコでは初めてだった。

  一つ食べてみて、驚いた。このたこ焼き、タコの欠片が10個以上入っているのだ。そういえば、日本のスーパーで売られているタコのほとんどはモロッコか隣のモーリタニア産だったはずだ。ここでは港に行けばイワシが1尾5円で買えるくらいだから、タコも安いのだろう。たこ焼きは外はカリカリで、中はとろとろ。思いがけず出合った懐かしい日本の味を私は気に入り、その日以来、日が暮れた後、たこ焼きを10個買って帰るのがならわしとなった。

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具はタコのほかに、イカとエビもあった

 店主は「アナス」という。日本から旅行に来た森田という青年に作り方を教わり、2012年に店を開いた。詳しくは森田氏本人のブログ(アフリカのモロッコにたこ焼きが伝わった物語 | まつのすけブログ)に詳しい。はじめは物珍しさも手伝って、飛ぶように売れたらしい。だが今は、少なくとも私が見た限りでは、当初ほど繁盛していないようだった。やはり単価が高いからだろう。たまに地元の人が買いに来ても、数個買っていくだけだ。アナスは日中はホテルで働き、夕方から副業としてたこ焼きを焼いているという。そのことからも、たこ焼きの売り上げが思わしくないことが察せられた。

 最終日の前日、私はアナスがたこ焼きを焼いている姿を何枚か写真に収めた。すると、アナスは急に顔をほころばせ、写真を見せくれとせがんできた。そして、「森田に送りたいんだ。写真をくれないか」。師匠、俺まだ焼き続けてるよ・・・そんなことを伝えたかったのだろうか。私は隣の写真屋に連れていかれ、写真のデータを落とすことができた。アナスは何度も「サンキュー」と言いながら、たこ焼きを2つサービスしてくれた。

 遠いアフリカの地でこんなにかわいい弟子がもてて、森田君は幸せだな。そんなことを思いながら、私はたこ焼きにピッタリであろうビールを求めて、エッサウィラに2店しかない酒屋へと足を延ばした。<続く>

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帰った後写真を見て、ブレブレだったことを、とても後悔した